大学受験に失敗した私が感じた浪人のお金事情

ふところ話

子育ての中でも、大学費用は特に大きな出費の1つです。

大学に行くのにお金がかかりますし、浪人をすると、通えるようになるまでにも想定以上のお金が必要となります。

今回は、実際に浪人をした私の体験から、お金という側面で浪人についてお話ししていきます。

序盤は私の受験話になるので、浪人でかかった費用をまず知りたい方は「3.浪人することでの金銭的デメリット」に飛んでいただければと思います。

 

大学受験に失敗…浪人が決定した高3の春

私は大学受験に一度失敗しています。

気付けば20年ほど前の話になりますが、その時のことは今でも鮮明に覚えています。

 

高校生だった当時、私は熊本に住んでいました。

大阪にある大学を受験するため、はるばる一人で飛行機に乗り、現地まで向かいました。

 

その年はセンター試験(今でいう共通テスト)があまりうまくいかず、二次試験に賭けていたのですが、手応えは正直なところ微妙…。

合格発表の日、大学のサイト上で自分の受験番号を探しましたが、案の定その番号は見つかりませんでした。

ただ、そもそも自信がなかったためか、不思議なことに涙は出なかったんですよね…。

  

前期試験が不合格だったので、後期試験もどこかの大学を受験することに。

どこを受験するか悩んだ末、後期も前期と同じ大学を受験することにしました。

 

というのも、親から「前期とは別の確実に受かりそうな大学を受けて、もしそこに行くことになっても後悔するんじゃない?」との助言をもらったからです。

今確実に受かることより、自分の行きたい大学に挑戦すること。

私にとっても、そちらの選択の方がストンと腑に落ちました。

 

しかしながら、当時は前期試験より後期試験の方が難しいと言われていて(今もそうかもしれませんが)、後期もやはり合格はできませんでした。

すべり止めの大学も特に受けていなかったため、こうして浪人することが決定しました。

 

1年浪人をし、志望校に合格

1年間の浪人生活を経て、翌年に同じ大学を再び受験しました。

この年はセンター試験の結果もそこそこ、二次試験もそれなりに手応えは感じていました。

結果は、幸いにも合格することができました。

第一志望を貫かせてくれた親には、今でも感謝の気持ちでいっぱいです。

 

ここまで、私の浪人から大学合格までの軌跡をお話ししましたが、本題はここからです。

今回この記事を書こうと思ったのは、ある日ふと、高校時代に慕っていた先生の、浪人にまつわるお金の話を思い出したからです。

 

浪人をするとその分働く期間が短くなり、生涯賃金が少なくなる」。

 

つまり、スタートが遅れることで最後の大きな収入を取り逃す可能性があるということです。

どんな話の流れでその言葉を聞いたかは覚えていないのですが、当時の私にはとても新鮮に感じられました。

 

私は積立投資に関するセミナーをしていますが、そこでも同じような話をしています。

積立投資のスタートが1年遅れると、複利の終盤に生まれる1年分の大きな伸びを取りに行けなくなります。

生涯賃金と積立投資、違うものではありますが根本では似ている部分があるのだな、と感じています。

 

浪人することでの金銭的デメリット

高校時代の先生の発言を思い出したことをきっかけに、浪人における金銭的なデメリットについて考えてみました。

実際に浪人を経験したからこそ体感した、お金がかかることについて具体例を挙げていきます。

ちなみに、随所に記載している各種出費は当時(約20年前)の価格です。

 

予備校費用

浪人すると多くの人が予備校に通いますが、私もその1人でした。

 

一方で、予備校に通う以外にも、自宅で勉強する『宅浪』という選択肢もあります。

ただ、1年間コツコツ勉強し続けることを、励まし合える仲間なしに継続するのは、現実的には困難を伴う場合も多いように感じます。

不可能ではないとしても、予備校費用は浪人における必要経費の一つといえるでしょう。

 

予備校にかかる費用は、一般的に入学金や授業料、施設設備費、教材費が主な出費となります。

私が通っていた予備校は、入学金が10万円程度、授業料は約60万円ほどだった記憶があります。

 

模試代

受験生は定期的に模試を受けて力試しをする機会がありますが、浪人した分、その費用も追加でかかってきます。

 

模試と言っても種類は様々で、全国共通模試、センター試験のプレ模試、大学別の○○大模試(東大模試など)などがあります。

費用は模試によって異なりますが、私は5,000円前後~1万円以下のものを複数回受けていました。

 

受験費用

浪人の場合、第一志望だけでなく、滑り止めとして他大学を併願することもあるため、その分受験費用もそれなりの額になります。

 

私自身も、第一志望の他に2校(合計3校)受験しました。

しかも3校とも熊本から飛行機の距離だったため、受験料に加え、航空券代、前泊のためのホテル代も必要となりました。

現地での交通費や食費なども含めると、全部で15~20万円ほどかかったのではないかと思います。

 

併願校の入学金

私が受験した3校のうち、一番最初に合否結果が出たのは私立大学でした。

2浪は考えておらず、その大学の入学権利を維持するために入学金を支払いました。

その金額、なんと20万円。

 

もちろんこの入学金は、実際に入学しようがしまいが返ってくるお金ではありません

こうして書いていると、改めて親への金銭的負担に対して感謝と申し訳なさでいっぱいになります…。

 

生涯収入の減少

私がこの記事をかくきっかけとなった先生の話の繰り返しにはなりますが、大学入学が1年遅れるということは、就職も1年遅れることになります

その結果、定年まで働ける期間が1年短くなるため、生涯で受け取れる収入も少なくなります。

直接的な出費というより、機会損失という性質のデメリットです。

 

ただ、人によっては、浪人をすることでより偏差値の高い大学に進学し、その後より高収入な仕事に就ける可能性もあります。

日本の学歴主義はまだ根強い面があり、出身大学が採用の場面で影響することは、今も少なくないと感じています。

 

もちろん、大学名だけですべてが決まるわけではありませんし、どの大学に行っても自分次第で道は開けます。

それでも、選択肢の幅が広がる可能性があるという意味では、浪人を経て志望校に入ることの意義は十分あると思っています。

 

最初から浪人しないようにしっかり勉強しておけばいい、と言われれば、それはもっともな意見です。

しかし、浪人も選択肢に入れられる状況なのであれば、妥協してでも現役合格が必ずしも最適解ではないのではないかと考えています。

 

ここまで、浪人することでの金銭的デメリットについて以下のような実例を挙げました。

  • 予備校費用
  • 模試代
  • 受験費用
  • 併願校の入学金
  • 生涯収入の減少

『予備校費用~併願校の入学金』は親が負担してくれましたが、これだけでも100万円は優に超えています。

改めて、浪人の金銭的デメリットは大きいなと感じます…。

 

浪人は失うものばかりではなかった

ここまでお金という観点で浪人を見ていきましたが、マイナス面がほとんどになってしまったので、最後に私が浪人から得たものについてお話しできればと思います。

それは、挫折を経験したことです。

直接的にお金には関係しないですが、挫折を経験したことは私の人生においては、お金以上の価値があったように思います。

 

学生の本分は、勉強とよく言われます。

言い換えれば、勉強が学生にとっての本業のようなものです。

その本業でつまずくということは、若い頃の私にとってはかなり大きな挫折となりました。

 

でもだからこそ、痛みというものを知ることができましたし、周囲の人の痛みにも意識が向くようになりました。

浪人が、私を少し大人にしてくれたのだと感じています。

 

浪人がマイナス面だけではないというのは結果論かもしれませんが、今の私を作っている要素の1つは『受験に失敗した痛み』であることは間違いありません。

私の人生において、浪人という1つの出来事は重要な意味があったと今では思えるようになりました。

 

実は同じような感覚を、別のことで今も感じています。

それは、夫の駐在に対する帯同です。 

 

帯同してタイへ行くという選択は、本当に自分の人生にとって良かったのだろうか、という疑念は正直今でもあります。

というより、全く拭いきれていません (笑)。

 

でも、本帰国したどこかのタイミングで、この海外経験が思わぬ形で役に立つ日が来るかもしれません。

それは10年後、あるいはもっと先かもしれませんが、私にとっての浪人と同じように、将来意味があったと思えるために頑張らないとなと思っています。

 

まとめ

私は浪人を経験したからこそ、やはり浪人せずにすんなり志望校に入れるに越したことはないと思っています。

金銭的な負担が大きいうえに、精神的なしんどさも相当なものがあるからです。

 

ちなみに私は、30代になった今でも時々受験の夢を見ます。

それほどまでに、受験というものは自分の中に深く刻まれた出来事だったんだなと感じています。

 

ただ、浪人に意味がないかというと、それも違うと思っています。

志望校への再挑戦の機会が生まれるだけでなく、その経験が人間としての幅を広げてくれることもあります。

浪人を勧めるわけでは決してありませんが、浪人の道を選んだ方に、あるいはその親御さんに、少しでも届く言葉があったなら嬉しいです。